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天の高みに焦がれる者

失った人のことを考えて
あまりのことに売ろうかと思い至ってしまう。
「その人はあの人ではないでしょうか?」と・・・。

そんなことをしたところで
あの人がその人である確信も無く
それで、その人が変わるという事も無く
ただ、話がややこしさを増すだけのことだというのに。

正義のための戦いが、ただの迷惑行為だなんて
誰も思ってないから戦えるという現実と
誰かのためになら、
あまりにも人は人を簡単に潰そうとしてしまえるという現実と
そういうことを考える自分の正しさすらも
どこかにあるとも思えない、わたしと。

たとえば世界を救おうと動いている姿が
滅ぼす者の動きに見えるかもしれないし・・・
善良な人がカンフル剤を打とうとして
その実、猛毒をばら撒いていたりすることだってありうるのだし・・・

全ての人は善なる者になり
天の高みに駆け上がるべく生きている。
たとえ、その方法が間違いであろうとも
大地の底の泥の中で己の醜悪な姿を抱きながら耐えるよりも
神の頂に登りつめたい衝動はあるのだろう。

壊れてしまったものを、
さらに砕くという愚行などいらない。
傷つけられたあの人達の傷口にマスタードなど塗ってはならないし、
主義の違いに手段を選ばない人に近づいてもならない。

真夜中にふいに思い出してはみても
あの人とわたしの線はとうに切れている。
わたしが見ているのは、あの人の残滓でしかないのだから。

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リンク先を消してしまったので、意味不明な文章になってしまっております。
ようするに、アラシさんはアラシさんだというだけの話です。
いくら止めてもアラシさんは直らないし、それに、もう連絡するスベもないのだし・・・・。

どうせ、また言葉を交わす(文字ですが)ことがあっても、喧嘩をするしかないんです。
そういう付き合い方しか、わたしにはできません。

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追記、12月4日
 
 本日は近所のオバサマ達と忘年会に出かけてしこたまお酒を呑みました。
ひさしぶりに、先日は体操などと体を使ったりするイベントで、古い器を切り捨てるようなことをして、うさをはらすようなことをしているのです。その度に古い自分を少しずつ切り捨てられそうな気がいたしますが、それでも終わってしまった祭りの残りの思い出を抱くように、失くしてしまった記憶で遊んでしまう自分がいます。

 己の身は老いた老婆にしか過ぎないこの身の上で、醜き姿のこの身の上で、いったい何を甘えているんでしょうね。それでも、ただの醜悪なる老婆の妄想と許していただきたい。誰からも省みられることも無い、哀れな身の上と思し召されるのなら、この老婆の手の中のガラス玉をとリあげないでいただきたい。

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