庭のコスモス・そして「情けは人の為ならず」

P1000435 - コピー

北海道は秋です。
だからコスモスが咲いてます。
咲いて・・・・重くて・・・・倒れています。

P1000436 - コピー

白いのもあります。

倒れていても画像にしてみると
綺麗です。

歩くのに、ちょっと邪魔ではあるのですけれども・・・・・。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日本は八紘一宇の精神で世界と戦いました。
そして、大敗北いたしました。
敗戦のドサクサにソビエトの奴が
武器を手に日本に攻め込んでまいりました。

そこを武装解除して油断していた日本兵は再び武器を取りました。

北海道を守った男たち_占守島の戦い1

少なくとも、カムチャッカ半島での戦いで
北海道は守られました。

大戦の目的…2、満州国建国に潜む「河豚(フグ)計画」

占守島の戦いをしていた樋口少尉は
満州に大量のユダヤ難民を受け入れました。

《ちなみに、樋口は昭和17年8月、札幌の第5方面軍司令官として北東太平洋作戦を担当、キスカ島撤退を指揮。終戦後の占守島、樺太における対ソ戦を指揮、占守島の戦いではソ連軍千島侵攻部隊を降伏させ、北海道への侵攻を阻止。そのためスターリンは札幌に在住していた樋口を戦犯に指名します。

これに対して世界ユダヤ協会は、世界中のユダヤ人コミュニティーを動かし、ユダヤ人金融家によるロビー活動を行い、樋口救出運動を展開します。この結果、マッカーサーはソ連からの引き渡し要求を拒否、樋口の身柄を保護します。》

この行為こそが八紘一宇がプロバガンダだけではないと
思えるのです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

東條英機も、ユダヤ人難民の満州国に受け入れに対するドイツからの抗議を撥ね付けたのでしたよね。
ところが杉原大使だけを、日本政府の反対を押しのけてユダヤ人を助けた人と捏造している人達がいます。
忘恩の徒と言うべきでしょう。

No title

崗上虜囚さん

それは、彼らが戦争を画策した真犯人だからでしょう。

先週の虎ノ門ニュースでその話題をしていました、
【DHCテレビ祭り】8/31(木) 髙山正之・馬渕睦夫・大高未貴・居島一平【揺れ動く国際情勢を保守言論界の重鎮が斬る! 鼎談スペシャル!】 【虎ノ門ニュース】
https://www.youtube.com/watch?v=lGDxkUN9GpY

【ホロコーストの悲劇、米国に入国拒否された「セントルイス号」乗客のユダヤ人の運命を辿ったツイート】
https://news.yahoo.co.jp/byline/satohitoshi/20170129-00067099/

アメリカが悪の国家日本を退治したのにも関わらず
ユダヤ人たちを日本が助けたとなると
自らが悪人であるという図式になるんだそうです。

で、今、検索したんですが欧米はユダヤ人を見捨てることに
したのだそうです。

【ユダヤ難民に冷淡だった欧米諸国】
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_hb/a6fhb300.html


キリスト教徒の悪業

>楽さん
>>欧米はユダヤ人を見捨てることにした
 「ファリサイ派ユダヤ人が、ゲッセネ派の士師イエスを極悪人の人殺しの代わりに磔に架けた」と云う事が、ユダヤ人拒否の主原因だと謂われていますが、イエスは飽く迄、ユダヤ教のヨハネのゲッセネ派の士師として宗教抗争に敗北したと云うべきです。

 その上、イエスの言葉を他の11人の弟子から聴き取り、キリスト教の原型を立ち上げたのは、ファりサイ派の士師だったパウロです。 ヘブライ語を使用するユダヤ人はAC70年に、実はローマ帝国の工作員であるユダヤ教の士師フラビウス・ヨセフスの姦策により、世にも希なやり方で10万人が集団自殺して全滅しています。 ヨセフスは、その後、ローマの庇護の下で、一生を安穏に暮らします。

 パウロもローマに捕まって刑死しましたが、この時点でローマ側に、ユダヤ教とキリスト教の区別が付いていたでしょうか? ローマはこの320年位後にキリスト教を国教としますが、其れまではキリスト教もユダヤ教も、等しく弾圧していたのです。

 此処までを看ていると、ローマこそ極悪非道の圧政者であると云えましょう。 然し、欧州の歴史ではそうならず、なんとキリスト教の庇護者と言う事に成るのです。 すると、このキリスト教とは、パウロが纏めた新約聖書を土台としてはいても、中身は完全に偽物で、その証拠に民間では、原典には決して登場しないマリア信仰が謳われているからです。 このマリア信仰は地中海沿岸の国々で古くから信仰されていた、日本でいう鬼子母神の様な女神イシスへの信仰が変じたモノと謂われています。 ローマでも同じで、第二次ポエニ戦争で、ハンニバルがローマに迫った時、戦勝祈願で、ガリア人(欧州原住民ケルト人の別名)の若い男女を生贄にすると云う野蛮極まりない事をしています。 彼らには、他の民族を同じ人間と看る基準はこの頃から無かったのです。

 国教に指定された後、キリスト教は教皇を頂点とした教会制度を作り上げ、領地・領民をもち、収税を行って国主然とした立場になりますが、元々ギリシャ神話を真似てローマ神話を創った民族ですし、前述の犠牲を捧げる代償に、自身の利益を願うと云う詐欺的な宗教しか持てなかったから、戒律を説くだけで、領民をひれ伏させるユダヤ教の様な理論を持つ宗教が欲しかったダケの話、其れが浅眠意識の高いユダヤ人に蹴飛ばされつづけたので、最後には、滅ぼしてしまったと云う事です。

 既にこの時点で、イエスが説いたキリスト教の本義である{隣人愛」は完全に変質して居て、隣人とは「身内だけ、同民族同宗教ダケ」都範囲を限定するようになりました。 そして教会は完全に権力組織化して、異論を唱えるモノは異端、として処刑すると云う、独裁恐怖政治を約千年続けます。 是で、欧州の中世は2千万人が死んだと云われるペストの大流行と併せて暗黒時代と云われるのです。

 その間も故地イスラエルを追われたユダヤ人は、各地を放浪しながら、差別や弾圧に苦しみながらも、ユダヤ教を捨てず=戒律を守って生活してきたのです。 特に、細菌の存在が発見されていなかったがゆえに、放浪する事でペストの流行の原因とされたりして、多くのユダヤ人が問答無用で殺されたとあります。

 然し彼らも、生きる術として異教徒であるキリスト教の禁忌「=金を貸しても利息を取ってはいけない:実は元々、ユダヤ教の戒律ですが、相手が異教徒なら関係ないとした」を利用して、社会が近代化してゆく裡にどうしても必要になる金融業に進出して、競争相手が居ない事をよい事にドンドン成長しましたが、当然、現代のサラ金同様、高い金利と半端強引な取り立てを行った為に、亦、異教徒である事を理由として濡れ衣も着せられて、社会では嫌われ者、被弾圧者となって行きます。 

 特に、タタール人の侵略を避ける為に改宗した、黒海北方のステップ地帯に棲む、非ヘブライ人のユダヤ人であるハザール人は、ローマの後を継いだ、神聖ローマ帝国の一部であるプロイセンの貴族間で流行って居た戦争博奕の胴元を引き受け、身内間の争いが多く、戦争が絶えなかった中世欧州であっと云う間に巨額の財産を築きます。 なにせ、取り立ての背後には、戦争で勝った国が着いて居るのですから無敵です。

 然もこれで、民間のユダヤ人は、その金貸しの力で「異教徒同士の争いに首を突っ込めません」という理由で、兵役を免れると云う特典を享受できたワケです。 すると戦争が終わると、あちこちで戦死者が生前やって居た、商売に穴が開き、其処を只で若しくは、安く買い占めて、欧州社会の中でドンドン力を伸ばしていったのです。 このシステムが第一次世界大戦の時も働き、ユダヤ人は戦争で疲弊した欧州の王侯貴族に金を貸す、影の覇者に成ったのです。 完全にユダヤ教徒の反撃です。 それがナチスの反ユダヤからドイツ国粋主義を生んだのです。

 斯うして看れば、ユダヤ人に社会の経済を握らせたのは欧州貴族層であった事が明白となります。 然し、民間ベースでは、ユダヤ人に特権を揮われて、白人民衆は行き場のない怒りを募らせていったのですが、本当に忌むべきは、欧州貴族である事に間違いありません。

 第二次世界大戦では日本が降伏して、日本は東京裁判で裁かれたのですが、その基準となったのが、斯うした金儲けを目的とした戦争をして来た歴史の積み重ねで培った連中の常識であった事は日本にとって痛恨事であったでしょう。日本人の戦争の歴史の常識から云えば、戦争とは大抵防衛戦争であり、然も無くば、悪政を糺す類の大義が必要なはずです。

 しかし、ナチスドイツには、その大義らしきものが存在しません。ダカラ、敗者となった時に、ナチスドイツは一方的な悪者にされても言い訳が出来なかったのです。 其れなのに、ニュールンベルグ裁判でナチスを裁いたのと同じレベルで、日本帝国を裁いたのは実に不当極まりなく、インドのパル判事のみが「日本は無罪」としたのは、他の国々の判事の示した基準が、つまり欧州や欧州の亜流に過ぎない米国の裁判のやり方は、人種差別的であったからでしょう。

 ハッキリ言って、多くの無抵抗な民間人や降伏した丸腰の兵士を虐殺した米国や欧州列強に「人道」を口にすることは許されない事だと思います。 もし、釈尊が説いたように、「自身が他人になした事は、その善悪に拘らず、必ず倍旧して我が身に帰ってくる=重々無尽の理」であるのなら、欧州や米国の国民が是から辿る道が如何に苛酷なモノになるか、想像するだに恐ろしい気が致します。

 すべては、異民族や異教徒に対する極度の差別感が原因となって居ると云えますが、是を肯んじるモノは端から平和を望んでいるとはいえず、寧ろ利己的な自己や自民族の営利だけを求めた侵略=強盗行為でしかない。 斯うした、獣的な出発点を取ったのは、中世以降のキリスト教徒が、キリストの神=ユダヤの神、アラーの神と同じと云われる「万軍のヤハウェ」の思し召しとして責任を何処かに放り出しているからでしょう。 元が戦神では、戦う事が前提に成るのは当然です。

No title

ソロさん

あちらの神々はドロドロであると
解釈してよろしいんでしょうね。

ギリシャ・ローマは多神教のハズでしたが
いつしか一神教の砂漠の神に変わったということですね。

弱肉強食の世界であれば
平和などは望むべくもないのかもしれませんが
そこに「神」を持ってくるという小賢しさには
嫌なものを感じます。

今では「神」の代わりに「赤化思想」が
据えられている気はしますが・・・・・・・。

日本と西洋の宗教の差

>>そこに「神」を持ってくるという小賢しさには、嫌なものを感じます。
呍、楽さんはちゃんとした日本人的な感覚をお持ちです。 青白人種にとっての神は、戒律の無い多神教と、戒律の厳しい一神教に判れますが、共通しているのはどちらも、支配的で服従を強いると言う事です。 裏返せば、服従しない民が大勢いると言う事ですが、其れは、神が自民族の為の神であって、たとえ狭い地域であろうと、反目や敵対する民の為に在るのではないのです。 

 日本の神も、多くのルーツの異なる漂着民や避難民が民の主たる構成であった頃は、西洋とあまり変わりませんでしたが、倭国大乱という節目が有って、その結果、新たな大陸や半島からの危険な侵入者を招き入れる結果になった事で、互いに、或いは身内内でも争っていた3族,即ち、古代からの住民で、狩猟や主に栗などを採集して暮らす森の民、主にシナ江南の呉越の地から渡ってきて山を開墾して畑作を行う山の民、そして、漁労海産・水田耕作を行い舟艇を操り、貿易も営んでいた浜(島)の民(海人族)、の3つの民族の代表が話し合いを持ち、其々の神を統一して太陽神を崇め、神の意思を皆に伝える司祭として、スメラミコトを立てたのでしょう。 その会議が正確に何時行われたのかはわかりませんが、場所は今の出雲で行われたのだと思います。

 勿論、3族には、その文化度や食糧自給力で大きな差が有り、浜の民>山の民>森の民の順番ではなかったか、然し、和するとは、対等の立場に立たなければ、皆の同意を得るのが難しい事から、出自の民族に拠らず皆平等が原則になったと思います。

 然し、崇める神だけは別次元に置かないと話が端からまとまりません、当然、神の言葉を伝える祭祀を執り行う大司祭も、別格にしなくてはならないでしょう。 此処で、日本人にとっての神は、確かに、西洋と同じくイマジネーションから涌いたものかもしれませんが、人を支配するモノではなく、人が共に崇める対象である事、そして、その神は全く無言ですが、自然を通して恵みを与え、安寧な暮らしを保証し、自然災害から援けたりしてくれる有り難い存在でした。 唯、神の怒りは、凄まじい天変地異となって、人間の命や財産を軽々と奪い破壊してしまうので、「神様に御鎮まり戴く」と云う、神畏れが信仰の主体だったと思います。 

 ですから、西洋の様な「自分達と対等に崇める契約をし、その代償に護って貰う」等、丸でヤクザのみかじめ料の理屈は、日本人には受け入れがたい、と思います。

>>今では「神」の代わりに「赤化思想」が据えられている気はしますが・・
 共産主義思想は、古代のベドウィンの間のモノの焼き直しだと云われています。 マルクスもユダヤ人ですが、多分ハザール系なので、学術的な知識で知って居たのでしょう。 然し、この頃の欧州は、持てるモノと持たざる者がはっきり分化して、持てる者が、遊びで戦争をやっていた時代です。 一部の貴族の財産を護る為に、多くの民衆が命を消耗させられていたのです。 マルクスは、其れに対する義憤から、悉皆平等を達成したかったのでしょう。

 つまり、西洋思想に足りないのは、その悉皆平等思想なのです。 欧州平原は、高緯度に在る為、遅くまで氷河に覆われていました、其の為、表土が削り取られて、ちょっと掘ると岩がむき出しになる様な、寒冷の上やせた土地なのです。 この地に、様々な種類の民族が、相互融和もなしに犇めいているのですから、限られた食料を争う仲ですから、あのオリンピックの起源を訊ねるまでも無く、平等処か、周りは皆敵ばかりで、仲良くしている隣人も、3,4世代前まで遡ると敵同士で、殺し合っていたなんて話が、そこいらじゅうに在るワケです。 

 そして驚くべき事に、その悉皆平等を現実的な社会体系を示して唱えたのは、マルクスが初めてだったのです。 それで、多くの人がこの思想を理想の思想と崇めたのです、殆ど、絶対思想と云って良いでしょうが、絶対正義云々は、即宗教と同じです。

 欧州では、パウロ以来変質を重ねてきたキリスト教の化けの皮が剥がれ始めているので、ムスリムに走る人も多いし、東洋の宗教(厳密には、西洋の宗教と同じではありませんが・・)に目覚める人も居る様です。

 
プロフィール

楽仙堂

Author:楽仙堂
楽仙堂のネトウヨ的ブログはこちら。
http://d.hatena.ne.jp/ooidoya/

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR