道端の花

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画像は道端のアスファルトの端っこに
あいている土の部分のスペースに植えられていた花です。
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母の大連の思い出、世界一周

>楽さん
 道端に咲いて居た花にしては、立派ですね。 北海道では、初積雪すらあったそうで、流石と言うしか無いですね。 北緯40度の世界ですが私の様に、北緯31~32度で生まれ育った人間が感じる四季とはまた違った趣がありそうですね。 

 この「緯度の変化」に拠る気候の違いは、地図を眺めて居ては分りようが無い様で、例えば北海道と大体同じ緯度にある大連市は、私の母親が生まれ育った処ですが、やはり気候の差と言うのは、凄くあったとの事でした。

 例えば、冬の朝に手袋無しで戸外側のドアのノブを握ると、掌の皮が全部剥がれて終うと言う結果になるとか。 母たち子供は、余り失敗しなかったけれども、親たちは結構失敗して、ひと冬の間に結構な回数医者に通って居たとか。

 母親はスピードスケートの選手だったらしく、大連郊外にある池に氷が張る10月が愉しみで仕方がなかったとか、でも、春先の4月も末になると、今度は氷が薄くなって、氷が割れて落ちて死ぬ事故が毎年あったとか。 南国鹿児島では、絶対に味わえない日常を送って居た様です。

 「緯度の差の方が経度の差よりも実感的だ」と思ったのは、練習船で、世界一周した時でした。 東回りでしたから、毎日正午の時刻改正は、船中の時計を、毎日前の日の正午から、経度変化した分、進めてゆく(15度=1時間の割)のが、経度を実感出来る唯一の行事でした。 一般商船の実務でも、やはり経度より、緯度の変化の方が、仕事が増える、との事。 殊に、秋~冬の北欧圏に行くと、あちこち凍って終い、冷却水が機器に回らなくなって起こる焼損事故が頻発するそうな。 逆に、夏のインド洋を走ると、冷却に使う海水の温度が、40近くになる事もあって機器の焼き付きを避ける為、海水温の監視~海水クーラーへの切り替え時期も機関分で葉話し合って居るそうです。

 生憎と船には乗れませんでしたので、全て、使わない知識になって終いましたが、船の修理屋に22年以上関わる事が出来た分だけ、よかったかなぁと思いますね。

No title

ソロさん

ドアノブで手の皮が剥がれるとは
大連は相当に恐ろしいところですね。

北も南も極端ならば住みにくいということですね。

でも、広い世界を見て回ることができたならば
面白いでしょうね。

とりあえず、海を見たいです。

アカシアの大連

>楽さん
>>大連は相当に恐ろしいところ
 否何、、緯度が高くて、後背地が大陸だと云う話です。 でも、大連は遼東半島と云う海に突き出した半島の先っぽにあるのですがねぇ、大陸の地温の冷たさは半端ではないと言う事です。 

 処で、大連と同じ位の緯度に札幌、ミュンヘン、ミルヲーキイがあると昔の「サッポロビール」のCMでやって居ました。 ミュンヘンは、例のメキシコ湾流と云う世界1,2を争う大暖流の恵みで、東に大陸を控えているのに、大麦や小麦が育ち、人間の棲み易い土地なのですね。 まぁ、棲み易いのではなく、住めるように工夫をしたと云うべきですかね。

 でも、「故郷は遠きに在りて思うモノ(犀星)」なのかもしれませんが、亡くなった御袋に限らず、皆、「アカシアの大連」を懐かしんでいましたよ。 「好い処だった」と。

No title

ソロさん

満州は日本の国力を注いで作り上げた
美しい国であったと思います。

過去の動画を見ましたが
駅なんか素晴らしかったのですね。

馬賊を追い払ったので治安が良くなり
漢族の農民が移住してきたようです。
それだけでも、どんなに素晴らしかったかと思います。
〈ここら辺はねずさんのブログに書いてありました〉
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