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菜の花畑のうみそ

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この頃ボケボケなのでして
用事があって約束の場所に行ったら
日付が間違っていました。

どう違っているかというと
わたしは今日が6月6日だと思っていて
とうちゃんも6日だと思っていました。

こりゃどうにもなりませんとも。


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オホーツク海文化圏

>楽さん
 菜の花が、今頃話題になるって、やっぱり北海道なんですね。
昨日か、一昨日に「縦椅子のブログ」と言う処に、北海道が、ピュルム氷期の時代、ベーリング海峡が陸橋だった事と、アリューシャン列島が、半島状の陸地で、ベーリング海が内海だったので、北極の冷たい水は南下してこなかったので、黒潮の到達域が北に延びて、同じく内海状だったオホーツク海沿岸は、今の英国やスカンジナビア半島の様な気候だった可能性が有ります。 それも5千年~7千年も。

 上記の推論から、大陸のシベリア人(ツングース系他、ギリヤーク、ヤクート、オロチョン)が、樺太経由で陸橋を超えて北海道のオホーツク海沿岸に棲みついて、漁労・海産と狩猟・採集で成り立つオホーツク文化圏を創って居た、何て、説に長広舌を揮ってまいりました。

 偽書だと言われている「津軽外三郡誌」の中に、蝦夷とそのオホーツク文化圏との交流が見られるし、そも、蝦夷族も、氷期に内海若しくは湖だった日本海の対岸からやって来た、シベリア人を祖先に持つモノなのではないかと、私は思って居ます。

 「日高見の国」と言うのが、蝦夷の国の国名ですが、是が訛って、北上となった、と言う話や、津軽が日高見の中心に位置するとなると蝦夷は、北海道の先に有る樺太や、オホーツクの事も知って居た可能性が有りますよね。 すると、北上する黒潮に乗って到達して居たかもしれません。

 北海道は、日本の歴史の中で、分らない事の宝庫の様なものです。網走~北見の間に色んな遺跡が眠って居る可能性が大きいんだけどなぁ、金も体力も無いんで、諦めるしかないか、トホホ。

No title

ソロさん

北海道は綺麗ですよ。
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