正義について

[正義」をなすということは他
人の幸福を願い戦うことなんだ。
それは人の心に宿り祈りにも似た行為でもある。

信じたら振返ったらいけない。
疑いもせずに前のめりに進むことこそが
「正義」であり「善」である。

その人の心に宿る「正義」は正しい。
結果はどうであれ
正しいことになるのだけれども
立ち位置だけが間違いであるのかもしれないのだけれども。
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正義について

>楽さん
>>正義について
 日本で葉信じ難い事ですが、世界二は、極普通に、正義の存在しないっ社会があったりします。 差別収奪社会がそうで、「人間は生まれ乍らに、平等な命を与えられてる」と言う事が、夢物語の様な社会が世界二は幾らでもあるのです。 その理由は、異人種、異民族、であり、異宗教、或いは、異性であったりするのです。

 正義と言うモノ、道徳的な事を経験して居ない人々は、まるで獣と同じように、唯、自分や家族が、生き延びる為だけに、今日を浮きようとして居る、そう言う人が、世界中の実に7割近くを占めて居る現実を、我々日本人は、どれ程知って居るでしょうか。

 正義に拘る社会は、まだマシな段階なのだと分ると、日本伝統の相互扶助の考えや「我々人類は等しく神の子であるが故に、等しく神聖である」と言う、考えが、如何に間徒を得た考えであるかが、わかり、日本の文明が3万年の長さを持って居ると言う話が、真実である事を確信します。

 人類に必要なのは、先ずは、救いでしょう、然し、其れだけでは足りない、其れは、自分達で立つ力、生きようと言う意志を育てる事が大切なのではありますまいか、その為には、彼らに欠けて居るもの、つまり、農耕で渉猟を生産する事だったり、衛生的な水を得られる、水道や水源だったり、其れから、非常の際や、未来の為に貯めた食糧やお金を盗人から護る事、其処からやっと、自分達も盗みを働かない事と言う道徳心が生まれるのでㇲ。

 正義は、道徳心の延長に有ると言って良いでしょう。 西洋の宗教が、戒律だらけなのは。そうした、当たり前の事を、神様に言わせなくてはイケない帆と、道徳の無い世界=生存が厳しい社会であると言う事なのだと思いますね。

 ですから、我々日本人として生まれたものは、幸運だと言えましょう。 一欠片のパンの為に、友人を殺さなくてはならない環境に無いからです。 近代では、是までの15万年に亘って、この地球上に現れた人類の数を全部足した数を上回る、70数億人の人類が、この地球に棲んで居ますが、平均寿命は、60歳を超えて、飢えて死ぬ人も、軽い病気で死ぬ死ぬ子供も、出産で死ぬ人も、少なくなっています。
 
 我々、正義を考える余裕を与えられた人類は、この先やって来る、人類過剰が故に、食糧不足で、大量資する事を想定して、先ずは、食糧の増産、飲料水の確保と言う具体的な人類救済法を講じてっ行かねばなりません。 それが、人類が神に示せる人類の正義だと思うからです。

No title

ソロさん

誰も信じられなかったらニヒリズムになります。
誰かを信じることこそ正義の始まりであり
家族を守ろうとすることも正義になると思います。

盲目ともエゴとも置き換えられる代物ではあるのでしょうが。
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